MITメディアラボ伊藤穰一氏が語る「イノベーションとクルマの未来」@東京モーターショー2013
先日東京モーターショー2013に行ってきましたが、同時に「SMART MOBILITY CITY 2103 国際シンポジウム」というものも聴講してきました。
注目だったのは、MIT Media Lab 所長 伊藤穰一氏が語るクルマの未来。
伊藤氏の単独講演と、日産の著名デザイナー中村史郎氏とのパネルトークという二部構成でした。こちらの記事では第一部、伊藤氏の単独講演の内容をご紹介します。(第二部、パネルディスカッションはこちら。)
Contents
第一部:「イノベーション、ネットワークそしてクルマの未来」by 伊藤穰一
伊藤氏はテレビや雑誌の記事などで、以下のような時代の分け方をお話されます。
BI:Before Internet ・・・ニュートンの時代 予測可能
AI:After Internet ・・・アインシュタインの時代 未来が予測しづらい
今回のプレゼンでも、この話を皮切りにイノベーションに関する様々な話が展開していきました。
イノベーションコストの下落
・通信インフラが安くなったことで、流通コストとコラボレーションコストが下がる
・コンピューティングコストが下がることで、イノベーションコストが下がる
・「MBAホルダー → エンジニア/デザイナー」という流れから、「エンジニア/デザイナー → MBAホルダー」という流れへ。
イノベーションコストが下がったことで、「とりあえずつくる」ことが可能になり、それを検証してからビジネスにつなげることができる、という話でした。リーン・スタートアップで言うところのMBA(Minimum Viable Product 実用最小限の製品)ですね。
THE PRINCIPLES (OF AI)
続いて伊藤氏は、同氏が ”THE PRINCIPLES” と読んでいる、AI時代の9つの原則を紹介されました。9つ全てには言及されませんでしたが、説明があったところにメモを載せます。
1. Resilience over strength
2. Pull over push
3. Risk over safety
大企業は「うまくやっているものを育てる」傾向。Downside(悪い面)を徐々に減らしていき、Upside(良い面)を増やしていく。プロジェクトの規模は初めから大きい。
一方、ベンチャー企業は「まずやってみる」。プロジェクトを小さく初め、Downside(悪い面)は当然あるものと認識して、Upside(良い面)がグンと伸びるまで投資をやめない。初めからリスクありき。
リスクを回避するのではなく、賢くリスクをとることが大事。
4. Systems over objects
System Thinking(システム思考)が必要。
独立した事象に目を奪われずに、各要素間の相互依存性、相互関連性に着目し、全体像とその動きをとらえる思考方法。
・例えば、「自然をコントロールする」→「自然と共存する」という視点。
5. Compasses over maps
地図ではなく磁石をもつことが大事。以下、『リーン・スタートアップ』の巻末、伊藤氏解説より引用。
イノベーションに必要なコストが劇的に下がった現在においては、あるプロダクトを生み出すためにそれを成功に導くまでの「地図」を描こうとすると、その作業だけでプロダクトを開発する以上のコストがかかってしまう。
たとえ地図ができたとしても、イノベーションが急速に進むいまの世の中では、プロダクトを開発している途中でゴールが変わり、地図そのものが陳腐化する可能性が高い。
こうした状況においてはむしろ地図など初めから持たずに、市場の変化を敏感に感じ取るコンパスを手に、しなやかにプロダクトの方向性を変えていったほうがよい。
6. Practice over theory
・理論よりも実践。まずやってみる。MVPが重要。
・稟議にかかる時間がクリエイティビティを圧迫している。学生は朝話したアイデアについて午後にはMVPを作ってしまう。そのぐらいのスピード感が大事。
7. Disobedience over compliance
命令に従ってきた人たちでノーベル賞をとった人はいない。既存のものを疑う人たちがイノベーションを起こす。
8. Emergence over authority
9. Learning over education
・会社の職員たちも、学び続ける環境が必要
・レクチャー型教育は前世代
→MITの研究によると、レクチャー中は脳波が活発でないことがわかった。AI時代の子どもたちの脳は違う。On Demand で物事を考える。(※オンデマンド:ユーザの要求があった時にサービスを提供する方式)
→オンデマンド時代の学びを考えることが必要
イノベーションに関するその他のキーワード
スライドがバンバン切り替わって上記Principlesのどこに当てはめて良いのかわからなくなったキーワードを3つ掲載します。
AGILITY
・長期ビジョンを持ちながら、ダメだったらピボット
EMBRACE SERENDIPITY
・偶然性は新ビジネスで重要
・なにを作るべきか、という部分にあまりにも集中してしまうと、すぐ隣のラッキーをゲットできないことがある。直接繋がっていないものを見ることが重要
PATTERN RECOGNITION
・ちょっと引いた目で景色を見る(キノコ狩りがうまい人はキノコそのものを探すのではなく、景色を俯瞰してパターンとして認識している。)
・周辺分野からヒントをもらう
MIT Media Lab でのイノベーション事例
SAFECAST
Safecastは世界中の放射線データを共有するプロジェクト。
3.11の震災後、伊藤氏はすぐに自分のコネクションを利用してガイガーカウンターをつくるプロジェクトを立ち上げ、福島に行って実際にそれを使用して放射線情報を市民に教えたそうです。
オープンハードウェアにすることで誰でもつくれるようにしたのがポイントとのこと。
ハードウェアのアジャイル化
ソフトウェアだけでなく、ハードウェアの世界もアジャイル化が進行。
MITのとある女性はサムスン製の製造機器(3000万円)を使って、60人のチームでプロダクトのデザインから製造まで手がけているそうです。
「工場の外でデザイン→工場で製造」という流れから、「工場の中でデザイン、製造装置を理解しているデザイナーがその場で改善サイクルを回して製造」というパラダイムシフトです。
MITの考えるイノベーションに必要な4つの資質
・アートにインスパイアされたデザインが大事。(iPhoneにはアートの要素も入っている)
・1人の中もしくはチーム内に、アーティスト、サイエンティスト、デザイナー、エンジニア気質があるとよい。その人たちが一緒にものをつくることで、イノベーションにつながる。
クルマの未来
最後にいよいよ、「クルマの未来」の話。
MITでの CITY SCIENCE の研究が紹介されました。
最新の研究によると、「徒歩10分圏内に何でもある」という環境に住むのが理想とのこと。
“Mobility on Demand”という考え方で、バス停がいらなくなる!そうです。あらかじめ自分の予定を決めておくことで、その予定に交通が合わせてくれるという未来。
モビリティ業界への提言
最後に、「モビリティにもインターネットでの成功体験が適用できるのでは?」という提言で講演は締めくくられました。
具体的には、インターネット業界は「プロトコル」を規定することでイノベーションを起こしたとのこと(ただし、国ではなく民間団体が主導)。そういった新しい規格を自動車業界でどう標準化していくかがキーになるとのことでした。
コンピューター同士が通信をする際の手順や規約などの約束事。ネットワークでコンピューターが使う言語のようなもので、双方が理解できる同じプロトコルを使わないと通信は成立しない。
今後、電気自動車や自動運転が普及するに連れて、わかりやすい規格や共通言語の策定が重要になってくるのですね。そのためにはまずは閉じた自動車業界を”オープン”にする、業界自体をオープンにしていくことから始めていくことが必要なのかもしれません。
<関連書籍>
巻末には伊藤穰一氏の解説が記載されています。