「UXと組織デザイン」について考える。HCD-Netサロン レポート
こんにちは、@h0saです。
ちょっと時間が経ってしまいましたが、2014年9月4日に開催された第45回HCD-Netサロン「UXと組織のデザイン」に参加しました。
■内容:
18:30-18:40 「組織のデザインとは」山崎和彦氏(千葉工大 教授)
18:40-19:10 「社員の力を引き出す人事の活動」野島義隆氏(サイバーエージェント、シニアマネージャー)
19:20-19:50 「UX思考の組織づくりと、その課題」山本郁也氏(BEENOS、戦略ディレクター)
20:00-20:50 「UXと組織のデザイン」パネル・ディスカッション
特にBEENOS山本郁也氏のお話は学ぶものがありましたので、そちらを中心にレポートします。
スタートアップ界隈の用語も知らないものがあったので、注釈を入れながら、参考になったお話をメモしました。それでは以下からどうぞ。
Contents
「UX思考の組織づくりと、その課題」by 山本郁也氏
当日の資料がSlideshareにアップされています。
BEENOSの事業内容
・スタートアップ起業への投資・育成
・Entrepreneur In Residence*
・事業会社向けデザインコンサルティング
・Eコマース事業
今回は、その中でも「育成」「Entrepreneur In Residence」「事業会社向けデザインコンサルティング」についての話を伺いました。
*EIR(Entrepreneur In Residence/アントレプレナー・イン・レジデンス)とは、起業を目指す起業家の方に、ベンチャーキャピタル等で仕事をしていただき、その仕事に対する報酬を得ながら起業の準備を行う仕組みです。
起業家にとっては、報酬を得ながら起業準備を進める事が出来ることに加え、ベンチャーキャピタルの知見・ノウハウやネットワークに早い段階からアクセスできるというメリットがあります。
一方、ベンチャーキャピタルにとっても、優秀な起業家の皆様との関係を深める事ができるというメリットがあります。
新規事業立ち上げ時の活動内容
・Problem/Solution Fit* の検証
・Team/Market Fitの検証
・Product/Market Fit* へのロードマップ設計
*Problem/Solution Fit:解決に値する課題と、その課題の最適な解決方法を見つけること
*Product/Market Fit:顧客を満足させる最適なプロダクトを最適な市場に提供している状態
革新的な事業を実行していくというよりは、確度の高い事業を支援するかたちを取っているのだそうです。
『リーン・スタートアップ』『ビジネスモデル・ジェネレーション』の2冊はクライアントは当たり前に読んでいて、当たり前にメソッドを使うとのこと。
BEENOS Inception Program*
*インセプションプログラムは、「優秀な起業家と共に事業をゼロから立ち上げる」というものです。インベストメントプログラムは、既にアイデアがあるチームを支援していきますが、インセプションプログラムはチームがなくても、たとえアイデアがまだない段階であっても、起業家になれる人を支援していくというものです。
引用:一番優秀な起業家に選ばれるプログラムを 〜 ネットプライスドットコムの事業創造&投資育成プログラム”Beenos”の狙い – WirelessWire News(ワイヤレスワイヤーニュース)
Inception Program(起業家と一緒にゼロから事業を立ち上げるプログラム)は以下のフェーズを通して行われ、それぞれのフェーズは日数が決まっているそうです。Web業界は動きが速く、競合参入可能性があるため、この日数でできなければ撤退するとのことです。
Phase1. アイデアの検証(20日)
- 市場調査
- ユーザーヒアリング
- ペルソナ・シナリオ検討
- 事業計画
- ビジョンの共有
↓
Phase2. MVPの開発と検証(30日)
- MVPの設計・制作・検証
- ペルソナ・シナリオ見直し
- UXの期間ごとの企画検討
- KPI設定
- 事業計画見直し
↓
Phase3. アルファ版の開発と検証(60日)
- α版の設計・制作・検証
- ペルソナ・シナリオ確定
- UXの期間ごとの企画検討
- ユーザー獲得コスト計算
- LTV* 計算
- 事業計画見直し
*LTVとは、1人1人の顧客がある製品や企業に対して付き合っている間に支払う金額合計から、その顧客を獲得・維持するための費用合計を差し引いた「累積利益額」です。つまり企業から見て、ある顧客がその企業と取引している間にどれだけの価値(利益)をもたらしてくれるかを測定する、長期的な視点での指標がLTVです。
以上がProblem/Solution Fit, Team/Solution Fitの検証フェーズで、以降Product/Market Fitへと続きます。
しかし、ここまでは無理矢理作った組織で進められるケースが多いとのこと。
“スタートアップにおいて重要なのは、ただ一つ。プロダクト・マーケット・フィットに到達することだけだ。”
“プロダクトが素晴らしくある必要はない。基本的にプロダクトは機能さえすれば良い。”
– Marc Lowell Andreessen(マーク・アンドリーセン)
この言葉はスタートアップ業界ではよく耳にし、信じている人が多いそうです。そのため、アーリーステージではプロダクトのディテールに意識がいかない人が多いとのこと。
投資する側としても成功してもらわなければ困るので、最初、立ち上げ時は事業として成立するかを見るそうです。
ただ、このようにFeasibility Study が優先されると、各々が考えるビジョンやストーリーにズレが生じてきます。UX視点ではこれだと長続きしないので、物語を描いたりしてメンバーの意識を揃えていくそうです。
以上が新規事業立ち上げ時のお話でした。
組織拡大時の活動内容
話は変わり、組織拡大時のお話です。
事業会社向けコンサルティングの事例をご紹介いただきました。組織拡大後は下記3つの活動を行ったそうです。
・ブランド品質管理チームの創設と運用
・ブランド品質管理チーム自体のUX教育
・プロジェクト全体に対するUX思考の啓蒙活動
引用:UX思考の組織づくりと、その課題 | Slideshare
ポイントは、すべてのクリエイティブ活動を担うチーム名に「UX」という言葉を使わずに、”ブランド品質管理チーム”として「ブランド」に焦点を当てたことでしょう。より、ビジネスに直結している感じがします。
ブランド品質管理チームは少人数体制(多くて5人くらい)を維持し、「何か世に出るときは、必ず私たちのレビューを通して下さい」というルールを定めているとのこと。
チームのKPIはNPS*(顧客ロイヤルティ指標)で計測しているそうです。
*NPS(Net Promoter Score/顧客ロイヤルティ指標)とは、商品/サービスそのものやブランド、企業などに対する顧客のロイヤルティー(忠誠度)の指標の一つ。“究極の質問(Ultimate Question)”とも言われる「あなたはそれを友人や同僚に薦めたいと思うか?」という問いに対する答えを、0~10の11段階で調査。10~9をプロモーター(推奨者)、8~7をニュートラル(中立)、6以下をデトラクター(非難者)に分類する。プロモーターが占める%比率からデトラクターが占める%比率を差し引いた%数値をNPS指標とする。
プロジェクト全体のUXリテラシーアップ
プロジェクト全体のUXリテラシーを底上げするために、以下の取り組みを行っているとのこと。実践的でとても参考になります。
企画立案に伴う一部の作業を仕組み化
・企画立案時の5W1H検討をルール化
・デザインガイドライン、文言ガイドラインの策定
→レビューの負荷軽減したり、メンバーが自然と5W1Hなどを考えられるようになるのが目的とのこと。
各職域視点でのUXガイドブック制作
・印刷して配布
→プログラマーなど、UXに関係ないと思っている人たちに意識してもらうために作成するそうです。
全員が集まる場での定期的なセミナー・講演の開催
・UX思考の浸透具合をアンケートや個別インタビューによって調査
→UX思考が伝わっているかを確かめるのが目的とのこと。
組織拡大時における課題
課題1:UXデザイナー不足
・組織のスケールに合わせてUXデザイナーを増やす必要があるが人材がいない
→「UI/UX」という言葉の氾濫により、UXと検索してもUIの話が出てきたりして、本当のUXデザイナーの求人を探せないことについても言及されていました。これは確かにそう思います。
・UXデザインにおいて重要なスキルであるコミュニケーション能力は属人性が高く、形式知化しづらい
→今までは徒弟制度(OJT)などでスキルやノウハウを学んできたが、Web業界ではスピードも人材流動も速く、実施できないとのこと。
そこで、山本氏が提唱されていた課題は、UX思考を持ったミドル層をどう増やしていくか、ということです。UXに関するレビュアーがまだまだ足りないとのこと。
課題2:UXデザイナーにビジネス感覚が足りない
・デザインプロセスの導入がオーバースペックになる可能性がある
→オーバースペックとは、必要のないフェーズで無駄にカスタマージャーニーマップを作ってしまったり、ということです。
・理想主義的啓蒙になりがちでディスコミュニケーションが起こる
→いくらUX大事!と叫んでも、収益やコストといった別のレイヤーで物事を考えている経営層には響きません。経営層ときちんとコミュニケーションを取るには、ビジネスの知識が不可欠です。
これをUXデザイナーに求めるのは困難?ということで、山本氏は以下、中間管理職としてのUXデザイナー論を提唱されます。
中間管理職としてのUXデザイナー
中間管理職としてのUXデザイナーに必要な能力は、以下の3つ。
・リーダーシップ
・ネゴシエーション
・ミドルアップダウン・マネジメント
→UXデザインの実践は現実的にボトムアップ/トップダウンでは難しく、ミドルによるトップとボトムの双方に対する啓蒙と理解が必要とのことです。
僕はボトムアップの立場にいますが、確かにトップとボトムにアプローチしてくれる上司がいたら、心強いことこの上ないです。
ミドルアップダウンは邪魔者とされがちだが、より良い変化を提案する邪魔者になるべき、と山本氏は説きます。その際、「UX大事」と言うばかりでなく、ビジネスを理解してコミュニケーションを取ることが大切です。
UXリーダーシップのために
リーダーシップを持ったミドル層のUXデザイナーが組織をつくるために、必要な知識は以下。
・HCD/UXDに関する知識(形式知)
・ビジネスに関する知識(形式知)
・実践知による「場をタイムリーにつくる方法」(暗黙知)
この辺りのミドル層や形式知/暗黙知の話は、野中郁次郎氏が色々と提唱されているようなので、時間を見つけて本を読んでみます。
「UXと組織のデザイン」パネル・ディスカッション
コンセント長谷川氏の視点
コンセント長谷川氏は、パネルディスカッションで、山本氏とは違う視点で組織論を語られていました。
概要は以下。
・UXデザイナーはビジネスの知識を持っている、経営層はUXの知識をもっている、というかたちでも組織は機能する。ミドル層がどちらもスペシャリストでなくてもよい。
・サービスデザインでは、本質は手法ではなく、組織づくり。サービス・ドミナント・ロジックでは、共創によって自社が変わることを織り込んで、制度設計、評価設計、を行っていく。トップ、企業の支配的な論理がそうなっていくべき。
・UXが関心がない人でも、その制度を通すことで、自動的にUXが向上するような仕組みが理想。どういう階段を登ったらそこにいけるか、ということを議論していくことが、組織にUXを織り込んでいくこと。
・UXの当事者意識を持ってもらうには、例えば部門横断でカスタマージャーニーマップを作ることが有効。自社のサービスとカスタマージャーニーの接点を確認して、顧客の生態の可視化する。MAPのアウトプットよりも、議論することが大事。問題意識のベクトル付けをする。
参考:サービスデザイン方法論2014 第2回:カスタマージャーニーマップ レポート | UX INSPIRATION!
→確かに、自動的にUXが向上する制度があれば理想ですね。ただ、それを作るためにUXリーダーシップを持ったミドル層が必要な気もしています。
おわりに
以上、UXと組織デザインについて、特に気になったBEENOS山本氏のお話を中心にまとめさせていただきました。
UXデザイナーがビジネスの話をできるようになるべき、という話は完全に同意です。UX戦略という言葉もある通り、経営戦略とUXは不可分になりつつあります。引き続き、ビジネスの勉強もしていこうと思います。
また、最後の質疑応答で話に出ましたが、「UIとUXは違うので、UIデザイナーがUXデザイナーを目指すよりも、ディレクターやプランナー、PMにUX教育をした方がよい」という視点も面白かったです。
僕はUIとUXをどちらもカバーできるように努めていますが、確かにリーダーシップを持つ人にUXの視点を持ってもらうのが、組織に浸透させるのに手っ取り早いと思いました。
参考文献
冒頭で山崎先生が紹介されていた本2冊。
→「組織」が「個人」の創造性をダメにしている、という主張が興味深いです。
→10あるイノベーション・タイプの1つに、「組織構造イノベーション」があります。