サービスデザイン方法論2014 第1回:エスノグラフィ レポート
こんにちは、@h0saです。
HCD-Net主催の「2014年度サービスデザイン方法論 第1回:エスノグラフィ」に参加しました。
「サービスデザイン方法論」は全6回で構成され、2013年度から開講されています。今年も昨年度と同じカリキュラムのようです。
2014年度サービスデザイン方法論:
第1回 エスノグラフィ 安藤昌也氏(HCD-Net理事・千葉工大)【この記事】
第2回 カスタマージャーニーマップ 長谷川敦士氏(HCD-Net理事・コンセント)・坂田一倫氏(コンセント)
第3回 発想法 山崎和彦氏(HCD-Net理事・千葉工大)
第4回 ユーザーインタビューと要求抽出 早川誠二氏(HCD-Net理事)
第5回 構造化シナリオ法 早川誠二氏(HCD-Net理事)・高橋克実氏(ホロンクリエイト)
第6回 ペーパープロトタイピング 浅野智氏(HCD-Net理事)・坂本貴史氏(ネットイヤーグループ)
第1回は、千葉工大 安藤先生による「エスノグラフィ」。昨年度のスライド資料がslideshareにアップされていましたので載せておきます。
以下、講義メモとワークショップ内容をご紹介します。(約8時間のワークショップだったので、ちょっと長くなりました。)
エスノグラフィの概要
・Ethnography
– ethno : 民族・人種の意
– graphy : 記述したものの意
→「エスノグラフィ」という言葉は「記述したもの」すなわち「可視化」する意味合いを持っている
デザイン分野への応用
・フィールドワークによりユーザー体験を把握する
・不確実性の高いビジネス環境においての機会探索・仮説発見型アプローチ
→“イノベーション”の技法としても期待されている
“イノベーション”のイメージの変化
・技術リード(例:ロケット)から、人の行為や価値観に根付くよりプライベートなものへ(例:ジェルネイル)
→この話はRE:PUBLICの田村大氏も語られていました。
参考:i.school創設者 田村大氏が語る「イノベーションの生態系とデザインの未来」 | UX INSPIRATION!
つまり、イノベーションのヒントはプライベートな人の行為や価値観にある、ということ。
エスノグラフィの全体像
・観察/インタビューを行い、事実に基づく分析を実施
↓
・人々の行為の全体像(コンテキスト)や潜在ニーズ、価値観を明らかにし、可視化/モデリングする
→graphyは「記述したもの」という意味であるため、調査したものをきちんと可視化/モデリングすることがポイント。
応用エスノグラフィの目的
1. 新しいコンセプト開発
・・・主に行為を通した生活価値観に着目
2. 改善や最適化
・・・主に現場での行為に着目(行動観察)
→目的が違うと調査の観点が異なるので注意。イノベーションに向けたエスノグラフィであれば、1であることが多いでしょう。
エスノグラフィの役割
プレミアムモルツの成功事例
・プレミアムモルツは2003年にパッケージや宣伝を変え、売れ始めた
→「金曜日はプレモルの日」というキャッチフレーズを用い、「金曜は一週間がんばった自分にご褒美をあげたい」という潜在的欲求にアプローチした。
従来型のマーケティング・リサーチとの違い
・マーケティング・リサーチ
→数字を見る。平均的な顧客をあぶり出そうとするアプローチ。
・エスノグラフィ調査
→人を見る。幅広い顧客に共通する環境・心理・行為をあぶり出そうとするアプローチ
引用:エスノグラフィック・デザインアプローチ | SlideShare
→この図はエスノグラフィをよく知らないマーケティング担当者に説明するのに便利そうです。
・最近は人間中心設計専門家認定試験へのWeb業界からの応募が多いが、KPIを見て「人間中心設計をやった」と言う人がいた。これでは数字を見ているだけで、実際の「人」は見ていない
・ただ、Webではやはり数字のデータも重要であり、人も数字を両方見る必要がある
潜在的ニーズについて
・潜在的ニーズとは、隠れたニーズではなく「言語化されていない」「日常に埋め込まれて気づきにくい」「企業側が把握しにくい」ニーズのこと
例)タクシーの運転手に「音楽消してください」と言ったら、ボリュームをゼロにした。「どうしてスイッチをオフにするのではなく、ボリュームをゼロにしたのですか?」と聞いたら、「あ、そういえば、スイッチをオフにする方法がわからない」との回答。
→「電源をオフにしたい」というニーズが日常の行為の中に埋め込まれていた
つまり、生活の中でのモノや行為には必ず意味が埋め込まれています。それを見つけ出すために、エスノグラフィをやるのです。
エスノグラフィ実践におけるポイント
1. 生活や状況の中に”埋め込まれた意味”を探る
例)安藤先生のお母様は、全自動洗濯機なのに柔軟剤を必ず手動で2回目のすすぎの前に入れていた。柔軟剤専用投入口があるのにもかかわらず。「はじめに柔軟剤を入れておくと流れてしまう」というメンタルモデルがあるものと思われる。
・人は思い込みの世界に生きている。エスノグラフィでは人々の生活の中に埋め込まれたモノや行為の意味を解釈する。
→前項の潜在的ニーズの話と同じですね。
2. 対象者やデータの比較により、価値観をより際立たせる
・エスノグラフィは、異なる群との比較により、違いや共通項を際立たせていくアプローチ。異なるデータを得ることで、理解を深められる。
・平均像のユーザーだけでなく、エクストリームユーザーを対象にするとヒントを得やすい。
引用:エスノグラフィック・デザインアプローチ | SlideShare
→両極端のユーザーにアプローチするとよい。ただし、一般的なユーザーにもきちんとアプローチする必要がある。IDEOなどはエクストリームユーザーだけを見ているように思われているが、実はどちらもやっている。一般的なユーザーとエクストリームユーザーを「比較」することで、新価値発見のヒントが得られる。
・エクストリームユーザー3つの切り口
– エクストリームなニーズ
– エクストリームな使い方
– エクストリームな環境
→調査の目的に応じて、どのタイプのエクストリームユーザーを調査すべきかを検討する
[2014年6月2日追記]
エクストリームユーザーの探し方、アプローチ方法のヒントについて、記事を書きました。ご参照ください。
参考:エクストリームユーザーの探し方・アプローチ方法についてのヒント | UX INSPIRATION!
3. 行為の観察だけでなく、その背景や考えも把握する
・観察とインタビューは相互補完の関係にある。繰り返し行うことで良い理解につながる。
引用:エスノグラフィック・デザインアプローチ | SlideShare
4. 現場を観る際は”問い”を立てて観る
・「なぜこの人はこういう行動をしているんだろう?」と問いを立てて観ることが大事
・観察の4つの掟
1) “問い”を立て、観察の焦点化を行う。観察を重ねるごとに、焦点の精緻化を行う
2) あらかじめ”仮説”や”予見”、”思い込み”をもってフィールドに臨まない
3) ユーザを観る、ユーザ中心に観る
4) フィールドでは、記録に徹する。解釈は帰ってから行うつもりで観る
5. 調査で得られた情報は分析して”モデリング”する
・どのようなユーザー調査も、デザインを生み出すには「属性層」→「行為層」→「価値層」という3つの階層でモデリングが必要
観察調査
以上で講義は一旦終わりで、いよいよワークショップです。
「ショッピング体験」というテーマで、外に出て観察を行いました。
目的は、新しいショッピングサービスの企画立案のための調査。
本セミナー開催地が楽天だったため、品川シーサイド駅周辺を観察しに行くことになりました。付近に大きなイオン(フードコート付きショッピングモール)があるので、ほとんどのチームがそこでユーザーのショッピング体験を観察しに行きました。
観察で撮影した写真(抜粋)
観察調査は約2時間行いました。その間、気になるユーザーの行動をささっと撮影します。
以下、撮影写真を抜粋して載せます。
→酒屋で何かを書き留めるおじいさん
→フードコートの端の席で買った商品が載ったカートを置くおばあさん
→吹き抜けで2階にいる子どもに声を掛けるお父さん
フィールドデータの分析
今回のワークショップでは、フィールドデータの分析に「KA法」を使いました。
KA法とは
調査結果それぞれの事実の背後にある”ユーザーにとっての価値”を抽出する手法。(名前の由来は、考案者の”浅田和美”さんより。)
以下の2ステップで分析を進めます。
1. KAカードの作成
2. 価値マップの作成
1. KAカードの作成
KAカードには「出来事」「心の声」「価値」という3つの項目を記述する欄があります。
出来事の記述
まずは観察した「出来事」を短い文で書いていきます。
出来事の記述は「状況・動機」「行動」「結果」の2つ以上を組み合わせ、多少想像で補っても良いとのことです。
引用:エスノグラフィック・デザインアプローチ | SlideShare
心の声の記述
次に「心の声」を記述します。
「出来事」からユーザーになりきって、心の声を想像して書きます。ユーザーの本質に迫ることがポイント。
例)カートをそばに置ける端の席を取れて良かったわ
例)子どもの様子が吹き抜けで見えて安心した
価値の記述
最後に、「価値」を記述します。
価値を記述する上でのポイントは、「動詞+価値」という表現にすること。
例)買い物中に荷物を気軽に置いて食事する価値
例)子どもの様子を離れた場所から把握する価値
実は、撮影写真で紹介した「酒屋で何かを書き留めるおじいさん」は、価値まで記述することができませんでした。理由は、「観察が足りていないから」。
何を書いているのか覗き込めればよかったのですが、できませんでした。安藤先生からのアドバイスとしては、「こういうときこそインタビューで補完することが必要」とのこと。「観察とインタビューは相互補完の関係にある」ことを身をもって体感しました。
カード化
(KAカードの写真を撮る余裕がなかったので、浅野先生のブログより引用させていいただきます)
写真のように、小さい紙に上から「出来事」「心の声」「価値」を書いていき、その上に写真を貼り付けます。写真をめくらない状態だと「価値」だけが見えるようになっているのがミソです。
2. 価値マップの作成
いよいよ本日の最終アウトプットである、価値マップの作成に移ります。
抽出した価値だけに着目し、KJ法を使って似たカード同士をグルーピングしていきます。グループ名も、「〜する価値」という表現にします。
引用:エスノグラフィック・デザインアプローチ | SlideShare
僕らのチームは以下のようにまとまりました。
簡単に説明すると、イオンのショッピング体験価値をなんとなく全体的に網羅し、すべては「商品選びに集中する価値」につながることを関係性として見出しました。
観察調査を行う際、どのようなショッピング体験にフォーカスするかをチーム内で特に決めなかったため、ある意味このような漠然とした価値マップとなりました。ただ、ショッピング体験の全体像をつかむことはてきたため、次回に注目すべき価値を決めてよりフォーカスした観察やインタビューを行うのも1つの手でしょう。
(実際のプロジェクトでは、「レジ体験」「ショッピングカートを使う体験」など課題が明確な場合が多いため、価値マップもより具体的なものが生まれると思われます。)
所感
丸一日のワークショップだったためインプット量が膨大で、この記事をまとめるのもかなり時間がかかってしまいましたが、良い振り返りの機会となりました。
観察調査は学生時代や会社に入ってからも何回もやってきましたが、「エスノグラフィ」として体系立てて学んだことはなかったため、過去の経験を思い出しながら深く理解することができました。
特に、観察した内容をまとめて「可視化」する必要があることは改めて大切だと感じ、その手法の1つであるKA法を学べたことは大きな収穫でした。
ここで得た学びを改めて、実践に生かしていきます。
参考サイト
講師の方と、2014年、2013年度参加者のブログ記事です。
サービスデザイン方法論 第1回 エスノグラフィ 2014年05月10日 – 隣り合わせの灰と青春
2013年HCD-Net教育セミナー・サービスデザイン方法論 第1回エスノグラフィ | 情報デザイン研究室
安藤研究室ノート: HCD-netサービスデザイン方法論:エスノグラフィの講師を担当しました
「サービスデザイン方法論」第1回:エスノグラフィ(移動~講義) – KK U-Blog
参考文献
→深い情報はありませんが、さまざまなリサーチ手法の概要が網羅されています。プロジェクトごとに「どんなリサーチが必要かな」といったときにパラパラめくるとインスピレーションが得られます。
→観察から「行動の意味」を発見するトレーニングになります。